スタートアップとイノベーション — 9 つの白書はどう扱ってきたか

イノベーションは、研究の側から見る文部科学省と、企業経営の側から見る中小企業庁で出発点が異なります。研究力や社会実装を扱う科学技術・イノベーション白書と、新陳代謝や新たな担い手を扱う中小企業白書を軸に、防衛や地域の視点も加えて各年版の記述を並べます。

イノベーションは、新しい技術やアイデアを製品・サービスや仕組みとして社会に広め、新たな価値を生み出すことを指します。スタートアップは、新しい技術やビジネスモデルで急成長を目指す創業間もない企業で、イノベーションの担い手の一つと位置づけられています。政府は2022年にスタートアップ育成5か年計画を策定しました。本ページでは、令和2年版から令和8年版までの9つの白書が、スタートアップと新事業の創出、研究成果の社会実装をどのように記述してきたかを横断して整理します。

このテーマが複数の白書にまたがるのは、イノベーションが研究から事業化までの長い経路をたどり、それぞれの段階を異なる省庁が所管しているためです。科学技術・イノベーション白書は研究力や大学、研究成果の社会実装の側から、中小企業白書は企業の新陳代謝やオープンイノベーション、新たな担い手の創出といった経営の側から扱います。防衛白書は防衛分野の技術基盤として、男女共同参画白書は地域における女性の起業支援として、それぞれの関心からこのテーマに触れています。

最初に読むなら、令和8年版科学技術・イノベーション白書が適しています。第7期科学技術・イノベーション基本計画の初年度として「科学とビジネスの近接化」を特集し、ノーベル賞受賞研究がベンチャー企業によって社会実装される事例を紹介しています。地域での取組を知りたい場合は令和5年版の同白書を、企業の側から見たい場合は「新たな担い手の創出」を独立した章とした令和5年版中小企業白書を併せて読むと、研究と経営の両面から全体像をつかめます。

どの白書が扱っているか

特集 章 言及 扱いなし

白書令和2令和3令和4令和5令和6令和7令和8
科学技術・イノベーション白書研究成果の社会実装言及言及章特集言及言及特集
中小企業白書新陳代謝・新たな担い手章章言及言及
経済財政白書情報通信業への投資言及
情報通信白書海外事業者の台頭言及
防衛白書防衛分野の技術基盤言及言及
男女共同参画白書女性の起業支援言及
食料・農業・農村白書スマート農業は判断保留
厚生労働白書白書データに記載なし
犯罪白書白書データに記載なし

省庁ごとの切り口

科学技術・イノベーション白書(文部科学省)文部科学省: 研究力と社会実装

科学技術・イノベーション白書は、研究から社会実装までを扱う中心的な白書です。令和4年版は研究力の現状を論文指標などから分析したうえで研究成果の社会実装の取組を紹介し、令和5年版は川崎市や神戸医療産業都市、大学や高専の事例で地域から始まるイノベーションを特集しました。令和7年版はスタートアップ支援と産学連携の強化を第7期計画に向けた論点に挙げ、令和8年版は「科学とビジネスの近接化」を切り口に、基礎研究と事業化が同時並行で進む構造を描いています。

中小企業白書(経済産業省)中小企業庁: 新陳代謝と新たな担い手

中小企業白書は、企業経営の側からイノベーションを扱います。令和2年版(2020年版)は企業の新陳代謝を章として分析し、付加価値の創出の手段として外部連携・オープンイノベーションの推進を挙げました。令和5年版(2023年版)は第1部に中小企業におけるイノベーションの章を設け、第2部で「新たな担い手の創出」を独立した章としています。令和6年版は研究開発投資を企業成長に有効な投資の一つとし、令和7年版は売上高規模ごとの「成長の壁」の打破策にイノベーションを含めています。

防衛白書(防衛省)防衛省: 防衛分野の技術基盤

防衛白書は、防衛力を支える技術と産業の基盤という角度からこのテーマに触れています。令和7年版は2024年10月の防衛イノベーション科学技術研究所の創設に言及し、令和8年版は防衛生産・技術基盤を扱う第IV部を新設しました。同年版は、豪州の次期汎用フリゲートにもがみ型護衛艦の能力向上型が選定されたことや、無人アセットによる多層的沿岸防衛体制SHIELDの構築方針も記述しています。民生の新事業ではなく、装備品の開発・生産と移転の文脈で語られる点が特徴です。

情報通信白書(総務省)総務省: デジタル分野の競争環境

情報通信白書は、スタートアップそのものより、デジタル分野の競争環境という角度からこのテーマに関わります。令和7年版の特集は、SNS・クラウドなどが社会基盤となるなかで、デジタル分野での海外事業者の台頭と日本の状況を論点の一つとし、経済成長に向けたデジタルの役割を展望しています。当サイトの白書データには国内のデジタル系スタートアップを分析した記述は見当たらず、新事業の創出を詳しく知るには中小企業白書や科学技術・イノベーション白書と併せて読む必要があります。

男女共同参画白書(内閣府)内閣府男女共同参画局: 地域と女性の起業

男女共同参画白書は、地域の担い手づくりの文脈で起業に触れています。令和7年版の特集「男女共同参画の視点から見た魅力ある地域づくり」は、若い女性が進学や就職を機に地方から都市へ転出し、戻らない傾向が強いことを分析し、課題の一つとして女性の起業支援を挙げました。固定的な性別役割分担意識の解消や地域の女性リーダーの増加と並べて示されており、起業を経済政策としてではなく、地域で女性が活躍できる選択肢を広げる手段として位置づけている点が特徴です。

扱いの変遷

  1. 令和2年版中小企業白書が企業の新陳代謝を章として分析し、付加価値の創出に向けた外部連携・オープンイノベーションの推進を取り上げました。科学技術白書は2040年の未来社会を描く未来予測を特集しています。
  2. 令和3年版科学技術基本法の改正を受け、科学技術白書が「科学技術・イノベーション白書」に改称されました。Society 5.0の特集で10兆円規模の大学ファンドの創設などを紹介し、経済財政白書は情報通信業への投資の少なさを指摘しました。
  3. 令和4年版科学技術・イノベーション白書が研究力の低下を論文指標などから分析し、研究成果の社会実装の取組を紹介しました。中小企業白書は事業再構築や無形資産投資を通じた自己変革を主題としています。
  4. 令和5年版科学技術・イノベーション白書が「地域から始まる科学技術・イノベーション」を特集し、中小企業白書はイノベーションの章と「新たな担い手の創出」の章を設けました。研究と経営の両面から章立てで扱われた年版です。
  5. 令和6年版科学技術・イノベーション白書はAIを特集し、大学・研究機関・スタートアップ等による大規模言語モデル開発の加速を紹介しました。中小企業白書は研究開発投資を、人への投資や設備投資と並ぶ成長投資の一つとしています。
  6. 令和7年版科学技術・イノベーション白書が基本法30年を振り返り、スタートアップ支援と産学連携の強化を第7期計画に向けた論点に挙げました。防衛白書は防衛イノベーション科学技術研究所の創設に触れ、男女共同参画白書は女性の起業支援を課題としています。
  7. 令和8年版第7期基本計画の初年度にあたり、科学技術・イノベーション白書が「科学とビジネスの近接化」を特集し、ノーベル賞研究のベンチャー企業による社会実装を紹介しました。防衛白書は防衛生産・技術基盤の部を新設しています。

主な数字

項目数値出典
第7期基本計画の研究開発投資目標 (令和8年版科学技術・イノベーション白書)うち政府60兆円官民180兆円令和8年版 科学技術・イノベーション白書
第7期基本計画で特定した重要技術領域の数 (令和8年版科学技術・イノベーション白書)17令和8年版 科学技術・イノベーション白書
Top10%補正論文数の日本の順位 (令和7年版科学技術・イノベーション白書、2020〜2022年平均)韓国・イランに抜かれた世界13位令和7年版 科学技術・イノベーション白書
大学ファンドの規模 (令和3年版科学技術・イノベーション白書)10兆円規模令和3年版 科学技術・イノベーション白書
高等専門学校の数と学生数 (令和5年版科学技術・イノベーション白書)国公私立58校、学生約6万人令和5年版 科学技術・イノベーション白書
投資に意欲的な経営方針を示す中小企業の割合 (令和6年版中小企業白書)約9割令和6年版 中小企業白書
情報通信業への投資のGDP比 (令和3年版経済財政白書、米国との比較)米国の約4分の1令和3年版 経済財政白書

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